同時多発殺人事件 これは、年中行事だ!!

元旦の帰りに

ロブズラーと、救急車に搬送される方を見かけました。

ロボズラー 「コレって、“初荷”ですよね」

博士    「まあ、そういうことだな……って、そういう言い方は」

毎年のように、

お餅を喉に詰まらせて病院にかつぎ込まれる事件が起きています

毎年1月は窒息で亡くなる人が特に多く、

1300人以上と云われています。

昨日元旦も、

東京消防庁で10人ほどの方が、

餅をのどに詰まらせて救急車で搬送されたと

ニュースでやっていました。

なんか、

ニュースも“待っていました”ーーーという感じでした。

気の所為かも知れませんが(笑)

餅をのどに詰まらせるーーー

これは、人と餅との1000年を超える、戦いの歴史でもあります。

古来から日本では、

稲作信仰があり、

特に平安時代から朝廷に推奨され顕著になった。

これが現在でも受け継がれ、正月などのハレの日の行事には欠かせない縁起物の食材となっている。このため、米などの稲系のもので作った餅が簡便で作りやすく加工しやすいことと相俟って、多様なつき餅の食文化を形成している。

考古学の分野では、間壁葭子が古墳時代後半(6世紀頃)の土器の状況からこの頃に蒸し器の製作が社会的に普及したと判断し、日常的に蒸す調理による食品の種類が増し、米を蒸す事も多くなり、特に餅を作る事も多くなったと考えている。ただし、蒸し器の普及には地域差が見られ、佐原眞の『食の考古学』(1996年)によれば、6世紀時点の西日本では土器の状況から蒸す調理より煮炊き中心で、蒸す食物(餅も含む)はハレの時に用いられたとし、むしろ東日本の方が蒸す調理用土器が普及していたとしている。

日本における餅に関する記述として、『豊後国風土記』(8世紀前半)には次のような内容の話が語られている。富者が余った米で餅を作り、その餅を弓矢の的として用いて、米を粗末に扱った。的となった餅は白鳥(白色の鳥全般の意)となり飛び去り、その後、富者の田畑は荒廃し、家は没落したとされる。この記述は、白鳥信仰と稲作信仰の密接な繋がりを示す証拠として語られ続けている。また、この記述自体が古来から日本で白鳥を穀物の精霊として見る信仰があった事を物語っている。

『大鏡』(11世紀末成立)では、醍醐天皇(9世紀末から10世紀初め)の皇子が誕生してから50日目のお祝いとして、「五十日(いか)のお祝いの餅」を出された事が記述されている。また、「孫の公成に目のない、老いた公季」の条においても、「誕生五十日の祝いに、赤子(公成)の口に餅を含ませた」とあり、天皇家や貴族の間では、生後50日目(2ヶ月しない内)に餅の味を覚えさせた事が記録されている。

『吾妻鑑』の建久4年(1193年)5月16日条に、「三色餅」の記述がある。それによれば、黒・赤・白の三色の餅とあり、12世紀末の時点で、白色以外の色餅が作られていた事が分かる。左に黒色餅、中に赤色餅、右に白色餅を置き、それぞれ食され、最後に重ねられ、上段に黒色餅、中段に赤色餅、下段に白色餅とあり、それを山の神に供したとある。形状についての記述はないが、長さ8寸(24センチ)、広さ3寸(9センチ)、厚さ1寸(3センチ)とある。鏡餅や菱餅と同様に餅を重ねると言う行いは鎌倉時代(中世初期)より確認できる。

お餅についての危険性が知れ渡っているのに、

のどに詰まらせて搬送される方が、

一向になくならないということは、

それだけ餅の魅力に負けているということでしょうか。

ともかく、

おのおの方、油断めさるな!!

朝に食べるのを避ける。

元旦の朝からお雑煮でないと気がすまないというご家庭も多いと思いますが、

朝は唾液の出が悪いので、

のどに餅を詰まらせやすくなります。

ともかく、朝は身体のコンディションを意識しましょう。

なるべく温かいうちに食べる

餅は食べる前・食べている時・飲み込む時で硬さやくっつきやすさが変わり、

思っていた以上にのどに詰まりやすくなってしまう

最初の硬さやくっつきやすさに油断めさるな。

なるべく小さく切る

あんまり小さい餅では、食った気がしないという方も多いと思いますが、

かなり危険性は回避できると思います。

水分を取りながら食べる

お餅を食べる時には口の中を乾燥させないように意識すると良い。

とにかく、水分!水分!

「餅の事故といえば高齢者」という油断、思い込みから、ガッとかきこんでしまうことも少なくありません。他人事ではありません。世代を問わず注意が必要です。

以上の注意事項を守って、

美味しいお餅ライフをお楽しみください。

美味しい餅 やっぱり、餅は餅屋 (イメージ画像)

ちなみに、

「餅は餅屋に任せる」の語源はなにからでしょうか。

平賀源内のベストセラー『根南志具佐』(1763)に

「さてさて餅は餅屋とやら」とあるようです。

これが初出かどうかは不明ですが、

講談・落語は江戸末期から明治にかけて(1800年代)のものが多いので有力候補になっています。

平賀源内の時代から、

餅屋の餅は美味い!!