「センター試験」なんで、「中央線クイズ」を考えるのだ

今日、1月13日は、大学入試「センター試験」の日。

日本のセンターと云えば、

”中央線でしょ!”ということで、

今日は、“中央線クイズ”を考えていた。

東京駅から新宿を通り、中野、杉並、吉祥寺、三鷹、そして東京の西半分である多摩地区を経て、山梨、長野、名古屋へと至るのが中央線。

東京駅発の快速電車が走る高尾までの沿線区間は、

首都圏の大動脈として、多くの乗客を運んでいる。

ただし、東京の人は、中央線が山梨や名古屋につながっていることを知らない人が多いらしい(笑)

東京で日々暮らす人々にとって親しみ深いのは、

中央快速、中央特快のヘッドマークをつけた、

あのオレンジラインの電車だろう。

明治22年、甲武鉄道として新宿-八王子間が開通

中央線は、もともとは、私鉄である甲武鉄道として建設された。

明治時代に鉄道が敷かれた当初は、

国の資金不足のため、

私鉄会社で投資を募り鉄道を建設するという方式が多く取られている。
甲武鉄道は、まず、新宿-立川-八王子間が建設された。

明治22年当時、沿線はまだ田園地帯だったわけだから、

用地獲得も容易で、

そのため、現在地図上で見てもわかりやすい、

一直線の路線が実現した。
明治27年には都心方向の牛込(現在の飯田橋近く)まで延伸したが、

すでに市街地化していたこの地域での工事は困難なものだった。

四ツ谷付近ではトンネルを抜け、

その先の市ヶ谷から水道橋にかけては、

一部外濠を埋め立てて線路を築いている。
輸送需要の増加もあり、明治37年頃から、車両は蒸気から電化されていく。

そして明治39年には鉄道国有法により、甲武鉄道は国有化される。

御茶ノ水から万世橋までの区間が開業し、

明治45年に、煉瓦造の立派な万世橋駅舎が東京の一大ターミナルとして完成した。
その後、大正3年に東京駅が開業し、8年には中央線(甲武鉄道)も東京駅へと延長する。威容を誇っていた万世橋ターミナルも中間駅となり、その地位を東京駅へ譲り渡した。そのどちらもが辰野金吾の設計によるものだったが、万世橋駅は関東大震災で被災。再建されるが、その後もかつての勢いを取り戻すことはないまま、昭和18年に廃止されてしまう。
新宿駅から東京駅まで延伸した中央線に大きな変化が起きた契機は、関東大震災だった。この震災では東京の東半分である下町地区が甚大な被害を受け、そこで被災した人たちは、新開地である東京の西部に住むようになった。当時、東急や小田急などの私鉄が開通しつつあった一方、中央線沿線も新たな住宅地として有望視されたわけだ。
震災復興期は東京全体の人口膨張期でもあり、地方から大量の人口が流入して、昭和7年、それまでの15区が35区になる「大東京」が誕生。この時期、中央線も御茶ノ水-中野間が複々線化されている。

戦後、そして昭和30年代 再び巨大化する沿線人口

戦災で、ふたたび多くの人が下町から東京の西部に移り住むようになる。東京は、西へ西へと拡大してきた都市なのだ。その先鞭が中央線だと言えるのかもしれない。沿線の人口増に伴い、昭和30年代前半には朝のラッシュ時には乗客の積み残しと遅延が問題となるようになる。中野-三鷹間の複々線化高架化が着工したのが昭和30年代終わりから40年代はじめ。 突貫工事が進められると同時に、都心から中野のバイパスであり三鷹まで直通運転もする地下鉄東西線も建設された。この時期のインフラ整備の力の入れられ方を見ると、当時の東京がいかに経済成長していたかがわかるようだ。
そして平成18年、ついに中央線にもステンレス車両化の波がやってきた。山手、総武など都心を走る通勤電車のなかでも、「オレンジ色の憎いヤツ」として鋼鉄車両の渋さを発揮していた中央線も、新型のE233系車両へて置き換えられることになったのだ。

高尾駅 – 甲府駅間

東京都市圏輸送と郊外輸送の分界点となっている高尾駅を過ぎると、

沿線は急に山岳地帯となり、遥か先の愛知県の高蔵寺駅に入るまで平野は途絶える。沿線の盆地には中小都市が並ぶ。上野原市・大月市などは、昭和末期ごろより東京への通勤圏となり、四方津・猿橋など宅地開発が進んだ駅も目立ち、朝夕などは東京方面への列車が頻繁に運行されているなど、沿線風景からは想像できない長距離通勤客も多い。

中央東線は、東京から甲信地方へ向かう路線としてビジネスや観光に利用されているが、並行する中央自動車道経由高速バス(中央高速バス)との競争が激化しており、その対策として格安の回数券が設定されている。

中央自動車道を北に見ながら小仏トンネル(小仏峠)を通過すると、関東平野から出て、神奈川県の北部をかすめ山梨県に入る。通勤形車両のE233系で、東京駅から大月駅や、さらに富士急行線の河口湖駅まで直通する列車もある。しかし、高尾駅 – 大月駅間は大雨による運転規制がかかりやすく、防災上の問題点を抱えており、これを解消するための防災工事も継続して行われている。この区間は相模川・桂川の河岸段丘上に路線が敷かれており、短いトンネルが断続してカーブも多い。

大月駅を出るとリニア実験線とも並行するがトンネルの間の防音カバーが見えるのみである。ここから元スイッチバック駅が多数存在し、現在の各駅はホームが急勾配上に設けられている。なお旅客用ではないが初狩駅では道床に敷くバラストを運ぶ工事用臨時列車用のスイッチバックが今も現役である。

笹子峠を笹子トンネルで越えて甲斐大和駅をすぎると新大日影トンネル、抜けるとようやく山が開け、甲府盆地を見晴らして下り勾配で滑り込む。この勾配のため路線は塩山駅へと大きく迂回している。甲斐大和駅 – 勝沼ぶどう郷駅間の下り線は1997年2月に新しいトンネル経由の新線へ切替えられた。

沿線は山が多く、車窓からは甲斐駒ヶ岳や八ヶ岳などが見え、甲斐大和駅付近からは南アルプスも見える。甲府盆地は桃の栽培が盛んで、春には線路の両側がピンクに包まれ、文字どおり「桃源郷」の雰囲気を味わえる。またブドウの栽培も盛んで、線路沿いにブドウ棚を見ることもでき、富士山も海側に見える。

酒折駅の先、身延線の善光寺駅の甲府駅寄りから同線が当線と並走する。中央本線の列車・善光寺駅ともに他方を望める。身延線の金手駅の横を通り、甲府駅に到着。特急「かいじ」は一部を除いてここが終着である。

甲府駅 – 塩尻駅間

甲府駅を過ぎると路線は竜王駅付近までは比較的平坦だがその後は次第に急勾配で北上し、韮崎駅からは八ヶ岳の尾根筋(七里岩)を上り、八ヶ岳の麓の高原地帯である小淵沢駅を過ぎると長野県に入る。この周辺区間では白樺林が絶景であり、標高も900mを越えて夏でも比較的涼しい高原地帯である。

富士見駅からは下りに入り、飯田線からの直通列車が折り返す東限の茅野駅から特急停車駅が並ぶ。単線区間に入って諏訪湖沿いを走りつつ、日本のスイスとも呼ばれる諏訪市や岡谷市を抜ける。甲州街道はここ諏訪地方までで、ここから西は、北の高原を佐久から回り込んできた中山道と合流する。ただし、国道20号は中山道に合流して塩尻市まで進む。一方、中央自動車道は岡谷から西側は飯田線と並行して飯田を経由し恵那山トンネルを抜けて中津川に至る。

塩嶺トンネルや辰野周りの旧線で松本盆地に入り、旧駅跡と名古屋方へつながる電留線を左手に、塩尻駅で「東線」と「西線」が背向する。東京方面から東線を走ってきた定期列車はここから篠ノ井線を松本方面に向かい、逆に西線を木曽福島・中津川・名古屋方面に向かう定期列車が松本方面から直通してくる。なお塩尻駅の乗り場案内は、ラインカラー青が中央東線に、橙が中央西線に当てられている。

満島流、中央線の魅力

中野、高円寺、吉祥寺、国立・・・etc.、個性的な街が立ち並ぶ中央線は、演劇人やバンドマン、アーティストなどが数多く住む、アート&カルチャーの香り漂う路線。女優・満島ひかりも、そんな中央線に魅せられた1人だ。かつて、満島は、雑誌で中央線の魅力についてこう語っている。

「私、中央線がとても好きなんです。電車の窓から見える、特に日が暮れ始めたころの景色が美しくって。たまらないです。暮らしている人たちもマイペースで、こだわりも強く感じるし。古くて上品な場所や、新しくて刺激的なものがいっぱいある街ですよ」

「中央線沿いの一駅ごとにお気に入りの喫茶店を見つけるのが好きで。ここは、高円寺をぶらーっと歩いているときに、緑で覆われたただならぬ雰囲気の入り口と『名曲喫茶』って看板に惹かれて、なんとなく入ったお店。そしたら・・・見事に当たりでした」

連載中の小説のアイデアに詰まったときの息抜きとして、メモを片手にこの店を訪れるものの、結局は「ただコーヒーを飲んでまったり終わってしまうことのほうが多い」と語った。

満島流の「女の子的中央線の楽しみ方」とは。

「気が向いたときに、中央線のどこかの駅に降り立って、目的を決めずにふらふら歩きます。歩いている途中に、『お、こんなところに不思議なおうちが・・・』『この古い病院はまだやっているのかな?』とか、いろいろとわくわくするものに出会えるんです。もう中央線沿いには数年暮らしていますけど、引越しするつもりはいまのところないです」

山梨県人は、東京に行っても、

中央線の沿線に住みたがるという話を

高校生の頃聞いたことがある。

いまでも、そうなのだろうかーーー

中央線は、

山梨県人のアイデンティティーと深いところでつながっている。

そういえば、

THE BOOMに「中央線」(1996年6月21日に発表した19thシングル)があった。(宮沢 和史は。山梨県甲府市出身)

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コメント

  1. あづみ より:

    THE BOOMの中央線。いい曲です。わたし、好きです。

    母が甲府の人ですから子供の頃から年に1、2回は来てました。
    岡島や山交によく連れて行ってもらいました。
    中央線って今でも乗るとワクワクします。

    埼玉の家から甲府に行くのに一番早いのは東上線から武蔵野線に乗って、西国分寺から中央線に乗り換えて、途中から中央本線っていうちょっと何それ?っていうルートですね。

    父方の祖母は一宮の人でした。だから最終的に神田に住んだのかな?今川小路というガード下。おそらくもうすぐ消えちゃいますね。

    中央線沿線って確かにおしゃれなところが多いですね。
    でも、東京ってそんなに有名な駅じゃなくて一駅離れるだけで家賃も全然違うんですよね。それに電車もバスもたくさんあるから、一駅離れてても全く問題ないから。ちなみに地下鉄の駅なら一駅って普通に歩いて行かれる場所です。
    だから東京に住むなら、そんなに有名じゃない町に住むのもお薦めします。
    安さで行くなら西武線沿線ですけど。