山梨の映画館 テアトル石和 閉館

テアトル石和と云えば、

観客参加型ホラー・イベント「真夏の怨念シアター」

夏だ!怨念だ!心霊スポットから中継せよ!!

でもお世話になりました。

「サクライザー新聞」

それ以前に、

「甲州戦記サクライザー」の主人公・桜井ケータと山本博士が、

テアトル石和主催の【シネ婚】に参加したこともあります。

そんな、テアトル石和が、

今月で閉館する。

テアトル石和は、

ぶどう畑の中に突然現れる、レトロな建物。

存在そのものが映画のセットのようだ。

映画雑誌がずらりと並んだこじんまりとしたロビー、受付の一角にはスナックコーナー。

ニューシネマパラダイスを喚起させる映写室。

劇場内はスクリーン下に舞台があり、

客席の両側には革張りのペアシート。

まるで親戚の家に遊びにきたような、

そんな温かさのある空間。

昭和40年代にオープンしたこの映画館は、

地域に根付いた古き良き町の映画館なのです。

映画の魅力のひとつは、

非日常の世界へ連れて行ってくれること。

映画を映画館で観るということは、

その非日常感を助長してくれます。

そしてさらにその映画館自体が非日常感たっぷりだったら!もう言うことありません。

そんなテアトル石和は、

様々な作品のロケにも使われました。

FUNKY MONKEY BABYSの「サヨナラじゃない」のジャケットに、ウッチャンナンチャンの内村光良が登場。ミュージックビデオでは、客足が途絶え、閉館する映画館の映写技師を内村が熱演。撮影は山梨県石和市にある映画館テアトル石和で行われ、内村は「温泉にも入れてサイコーでした!」と満足げ。「映画館テアトル石和、いつまでも続けていってほしいです。ぜひ、ノスタルジーな雰囲気をあじわって下さい」と呼びかけた。

「昭和のにおいのする映画を、昭和の劇場でゆっくりと観賞していただきたい」
2013年2月、「テアトル石和」の数々の名場面が映されたスクリーンの前に立った映画監督の高橋伴明さん、女優の高橋恵子さん夫妻は、古びた館内を見回していとおしげに言った
高橋夫妻は「山梨文学シネマアワード」を受賞し、式典参加のために来県「映画館の盛り上げに一役買いたい」と、恵子さんの主演映画「カミハテ商店」(山本起也監督)を上映したテアトル石和を訪れて3度も登壇した恵子さんは、同館専務の有泉忍さん(50)に「このような古い映画館が残っていることに感銘を受けたいつまでも頑張って」と声を掛けたという。

テアトル石和は、

1966(昭和41)年、成人映画専門館として開館以来半世紀、映画の盛衰をこの場所から見つめてきた
創業者で忍さんの祖父、由幸さん(故人)は戦前から中国・満州で映画館を経営帰国後の46年、故郷の増穂町(現富士川町)に「南嶺(なんれい)劇場」(のち「テアトル南嶺」)を開いたその後も県内に次々と映画館を作り、最盛期には20館近くに忍さんの父で同館社長の英機さんは子供時代、自転車で各館を巡ってフィルムを運ぶのが日課だったという。
ただ、英機さんが後を継いでからの70年代以降、映画は斜陽の時代に入るテレビやビデオの普及で閉館を余儀なくされ、甲府市若松町の「テアトル甲府」も2001年に閉館経営するのはテアトル石和のみとなった
同館はハリウッドの最新作を上映するシネコンなどとはいっぷう異なる。1993年、一般作品を数週間~数カ月遅れて上映する「2番館」に衣替えフィルム代が安くなるため、上映は2本立て1200円が基本で、1本500円で見られる日もあるヒット作も上映するが、こだわりの「社会派作品」も多かった。

2月24日の「サクライザー新聞」折り折り作業でも、

この件を話題にした。

サクライザーでもイベントをやりたかった。

力になれなくて、残念との思いだった。

<テアトル石和 お別れ会>

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