たとえ事実であっても 生身の人間ですから

以前、テレビ報道の誤報が与えた問題について書いた。

書いたというか、

義憤に駆られて、

衝動的に書き連ねた。

「スーパーやまとに関する報道の訂正」

反響は大きく、

一日で1000件を超えるほど読まれた。

直接、問い合わせもあったり、

多少は、風評被害を食い止めるのに役立てたかもしれない。

今回は、『新聞』です。

先日、地元紙に、

山梨中央銀行主催の”女性企業家セミナー”の話題が掲載された。

その記事の中で、

参加した女性について、

家庭環境まで書かれていた。

本人から、話を聞いた。

「(この記事だと私がシングルなのが)バレバレでしょ」

「いまさら、訂正もできないでしょ」

身近な人間が、これを読んだらどう思うのか。

それを気にしているようでした。

「書かれる内容は確認されなかったのですか」

「ボツになるかも知れないと云われ、こんな感じで話を聞かれただけです」

私が新聞記者であっても、

彼女の家庭環境を書いたかも知れない。

そこに、興味本位で食いつきたくなる気持ちも分かる。

それは、その方が記事が引き立つからだ。

だが、女性の家庭環境は、

まだまだ、デリケートな問題でもある。

書かれた本人に、取り返しのつかない打撃を与えてしまうこともある。

特に、山梨は狭いから。

社の都合を優先するより、

その辺の配慮があっても良かったのではないだろうか。

そういう配慮が、

女性企業家を応援することになるのではないだろうか。

(応援するつもりが、足を引っ張ってどうする)

”女性である”

”女手一つで”

マスコミや行政が飛び付きやすい話題でもある。

だが、こういうものに踊らされては、

とんでもないことになってしまう。

女性リーダーの存在は

社会にとって、

間違いなく必要なのだが、

”反感”を持たれてしまうことがある。

男性だけでなく、

同性からも

”女を売りにしている”などと嫌悪されてしまう。

彼女に対して、

女性が起業する場合は、

社会のそういう目線を意識した

情報発信が必要だという話をさせてもらった。

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