星になったロボズラー 2016年7月

その日、ロボズラーは、甲斐甲斐しくいつものように働いていた。炊事、洗濯、掃除、山本研究室の一切の家事を任されていた。いつもと違うことと云えば、庭掃除をしていたロボズラーが太陽の異変に気付いたことぐらいだった。

その年は例年になく暑い夏だった。誰もが、いつもの猛暑だと思っていた。

「ハカセ、ハカセ、タイヨウガオオキイデス」。

「ロボズラ―、オマンもとうとう熱でやられたか、そんなバカなことが……そんなバカな、何が起きているんだ」

まもなく、世界中のニュースがこの話題で持ち切りになった。太陽が膨張して、このままでは、地球が飲み込まれてしまうと。世界中の科学者が喧々諤々の議論をしたが、解決策が見つからなかった。

国際連合から博士に電話がかかってきた。その日から、ロボズラーの日課に、博士の夜食を作ることが増えた。そして、博士はついに、太陽を元に戻すワクチンの開発に成功した。それを太陽の黒点に打ち込む為のロケットも作り上げた。今回のミッションのポイントは、太陽の中でも比較的温度の低い、太陽の黒点に正確にワクチンを打ち込むことだった。黒点を外した場合、その高温でワクチン自体が燃え尽きてしまい、太陽のコアまで届かず、太陽の膨張を止めることができないのだった。

博士はロケットの完成には間に合ったが、このロケットを黒点まで、正確に誘導するAIの完成を間に合わせることが出来なかった。EUから送られてきたAIとロケットがマッチングしないのだ。一刻を争う事態に、博士はある決断をした。開発中のAIの代わりに、ロボズラーを搭載する事だった。だが、それはロボズラーの死を意味した。

博士がそのことを、ロボズラーに伝えるべきか否か、迷っているうちに、ロケット発射の日が来てしまった。ロケットに乗ったロボズラーは、初めての宇宙旅行にウキウキしているようだった。いよいよお別れの時がやってきた。

「ハカセ、オミヤゲ、ナニガ、イイデスカ?」。言葉を失う博士。(ロボズラーは帰れると思っているのだ)

「…甘いものを頼む」、博士はそう云うのが精いっぱいだった。

「リョウカイ、シマシタ」。

ロケットのハッチが閉まる瞬間、

「ハカセ、“死”ッテナンデスカ?」。(ロボズラ―は自分が死ぬ事を知っていながら、ワザと明るく振る舞っていたのだ)

博士は一呼吸置いてから云った。

「楽しいことをいっぱい思い出して、ちょっと休むコトなんだ」。

「ワカリマシタ…ボクハ、ハカセノコト、タクサン、オモイダスンデスネ……ダッタラ…コワクナイ」。そう云うと、ロボズラーのロケットは太陽に向かった。

「済まない、ロボズラ―……私は取り返しの付かないことをしてしまった」、博士の目から涙がこぼれた。

あれから一カ月が過ぎた。宇宙センターに博士の姿があった。

「山本博士、ロボズラーからの通信が入ってます。恐らく、これが最後の交信になります」。

「ロボズラ―、聞こえるか」。

「ハカセ……」。それ以上雑音がひどくて聞こえなかった。

「ロボズラ―どうした、ロボズラ―!!」。

「ダメです、宇宙嵐です。通信回復しません」。

「……ロボズラ―!ロボズラ―!ロボズラ―!聞こえるか、すまない……お前に会えて……幸せだった」。

「山本博士、自動操縦に切り替えますか?」

「いい、ここまで来たんだ、ロボズラーに任せよう」

「しかし」。

「任せると言ったら任せるんだ」

ロボズラーは、太陽の熱で溶けかかっていた。電気回路もダウンしていた。それでも、ロボズラーはかすかな意識が残っていた。「幸せだった」、博士の最後の言葉だけがかろうじてループしていた。「ハカセ…」、ロボズラーの言葉はもう博士には届かなかった。ロボズラーが太陽に突入したのは、それから6時間後のコトだった。寸分たがわず黒点で消失した。その成功に世界中が沸きたった。興奮気味の人々の中で、博士だけが落ち込んでいた。

「ロボズラ―は、最後に何を伝えようとしたのだろうか……」

研究室に帰って来た博士。真っ暗な部屋。「ハカセ、オカエリナサイ」と云ういつものロボズラーの声はなかった。静か過ぎる静寂があった。博士は、ロボズラーが使っていた机を撫でてみた。ふと、引出しを開けてみた。

「なんだ?」。それは、博士に宛てたロボズラーからの手紙だった。

『しばらく留守にします。博士には不便を掛けますが、よろしくお願いします。お土産を楽しみにしていてください。きっと、博士の研究に役立つと思います。そうそう、ボクがいないからといって、お酒を飲み過ぎないでください。

……洗濯はためずに小まめにやって下さい。野菜や果物も食べて下さい。冬ものは奥のたんすにあります。靴下に穴が開いたら捨てて下さい。月曜と木曜がゴミの日です。つーふーのお薬は洗面所の棚にあります。痛くなったらすぐにお医者さんに行ってください。健康保険証は1番目の引き出しにあります……』。自分が居なくなってから博士が困らないように延々と書かれていた。博士は最後まで読むことができなかった。

「ロボズラ―、お前は、何をやってんだよ……お前のいない世の中に、どれだけの意味があると思ってんだ。全然、何も分っちゃいない。これだから、ロボットはダメなんだ…」

翌日、世界中のマスコミが山本研究室を訪れたが、そこに博士の姿はなかった。研究室が見える小高い丘に小さな墓標が、博士の字で刻まれていた。そこには、『小さな英雄、ここに眠る』とあった。その後の博士の行方を、誰も知らなかった。

終わり

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