第3回ストーンゴッド公演「開府しちゃうぞ!」

昨日は、桜座へ。

ペルメ桜町を歩いていると、

「桜座ですか」と男性に声を掛けられた。

「博士ですよね」

「よく、分かりましたね」

「山梨県民で、博士を知らない人はいないでしょ」

この日の桜座周辺は、

YBS濃度が高まっている気がした。

博士が桜座に着いた頃には、

客席がほぼ埋まっていた。

客席が埋まっているのは、

良いことだ。

経済的なこと以上に、

モチベーションに影響する。

それは、役者だけでなく、

観客のそれにも影響する。

隣の席の方が大手建設会社の人だったので、

桜座の施設の成り立ち、

建築基準法や消防法との戦いの歴史を説明した。

黒部クジラ(神部冬馬)が打(ぶ)たれる場面。

「母さんにも打たれたことないのに…」と云って欲しかった(笑)

語り部&桑館宮司(佐藤ドミンゴ)歴史を説明する長台詞で目が泳ぐのと、『躑躅(つつじ)が崎』がちゃんと云えるかが見どころの一つ。”チュチュジ””テュテュジ”…発する度に客席からクスクスと。明らかに、聞き耳を立てて楽しんでる人がいる。

ぴっかり八兵衛(ぴっかり高木)は、個性的で、完璧なデザイン。すごく似合っていて、当たり役。男のギラギラした欲望を表現するのも、抜群の説得力がある。

神部冬馬さんの表現に対するドライなA面とそうでないB面が表現されていて、妙にリアリティーがあって興味深かった。

舞台は、テレビの人たちの個性が生かされた内容だった。

テレビの人が描くテレビの世界は、

番組も作りても、商業主義にあがなえない、相対主義の世界。

世界を救ったのが表現者というのが象徴的だ。

表現が歪むことで、国のあり方が歪むーーー

後ろの席の方は、出演者たちのことを知らなかったようだ。その一緒に来た友人との会話を聞きながら、神部さんいしいさん、ぴっかりさん、この舞台は山梨のテレビを見ているという共通認識の上に成り立っているということを改めて感じた。テレビを前提にしたテレビ的演出。

芸事が、国(県政)をも左右するんだぞと。そこには、地方を活動拠点とする表現者たちの矜持、心意気、決意が込められていたのでは。この舞台に結集したクリエイターは、これからの山梨の未来をどんな風につくっていくのだろうか。

人と人をつなげるのも文化。快楽へと誘うのも文化。成長か衰退か。この国の行く末を作るのは表現文化。判断を下すのは、現代の信虎こと、テレビの視聴者か。

裏春日にかつての輝きがあれば、

ぴっかり八兵衛(ぴっかり高木)の極楽は実現されていたのでは。

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