蹴破れ!穴切大神社 蹴裂伝説

炸裂!蹴裂伝説

「桜座スクエア」2014年5月号より

「穴切大神社」は、

甲府の中心街にひっそりと佇む貫禄ある神社です。

日本伝説集によれば、

甲斐甲府の地は、

昔、一面の湖水であって、

冷たい水の面が、

富士の頂きを逆様に映していました。

地蔵菩薩がこの土地の様子を見て、

「この水を除けて、陸地を造ったら、人も住まれよう、畑も出来よう、どうにか成らぬものか」と二人の神様に相談をされる。

神様たちはこれを聞いて、

「いかにも道理」と賛成して、

一人の神様が山の端を蹴破って、

今一人の神様が山を切り穴を開けて、

その処に一条の水路を開いて、

大湖水の水を今の富士川へ落とさせる。

それを見た不動尊は、

引っ込んではいられぬと、

これも川瀬を造られる。

この二仏二神のおかげで、

甲府の土地は現われたのである。

山を切り穴をあけられた神は今、

甲府の西に、穴切神社としてまつられ、

山を蹴破られた神は、蹴裂明神(!)として知られている。

瀬立不動が川瀬を造った不動様で、

今、甲府の東光寺にある稲積地蔵というのが、

はじめに云いだした地蔵様である。

もとは、法城寺に在ったのを、後に東光寺に移したのである。

蹴裂明神ーーー言葉の響きからは、

ヴァンフォーレ甲府を連想させますね。

甲府は強力なシュートとともに誕生した。

ちなみに、

随神門は入母屋造平入、大胆な平面構成をとった三間一戸、2層の楼門で、1794年に、本誌2014年4月号で取り上げた、下山の大工の竹下源蔵を棟梁に建立されている。

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コメント

  1. あづみ より:

    甲府生まれの母が「穴切」って地名の場所はいろんな伝説があるけど、そこに遊郭を作ったのだとしたら、うまく考えたわよねって話してくれました。
    でもって、その後が「宝」だもんね。すごいよねって・・・ちょっと話が違う気もするけど、確かになんかすごいなって思う自分も存在します。
    っていうかそういう話題に普通につきあえる自分もずいぶん大人になっちゃったのね。
    でも、偶然だったらある意味すごいなあ。

    • 山本博士 より:

      コメント、ありがとうございます。
      遊郭があったという話は、高校生の頃に知りました。
      確かに、そう云われてみると、街の作りなどに、そんな不思議な雰囲気が残っていました。