神明の花火<2> 夜空を焦がしたメッセージ花火の思い

神明の花火

甲州市川の花火は、

武田氏時代の「のろし」に始まるといわれています。

武田氏滅亡後、

徳川家康は信玄のすぐれた技術を積極的に取り入れました。

市川の花火師たちも徳川御三家に仕え、

花火づくりに専念したといわれています。

また「神明の花火」は、

同じ地場産業である和紙に深いつながりがあります。

平安時代、まだ山梨が甲斐の国だったころ…

源義清(甲斐源氏の祖・新羅三郎義光の子)が

甲斐の「平塩の岡」(現在の市川三郷町内)に赴任し、

館をかまえました。

その時に京都から紙漉き名人の甚左衛門が従ってやってきました。

甚左衛門は、美しい紙を漉く技術を市川の地に伝え、

人々の暮らしを豊かにしてくれました。

後になり、和紙に対する功績を称え、甚左衛門を神明社(紙の神様をまつる社)にまつりました。

そして命日にあたる7月20日を神明社の祭りの日と定め、盛大に花火を打ち上げました。

これが「神明の花火」のはじまりと言われています。

神明の花火は江戸時代の元禄・享保(1688~1736年)頃から、

いっそう盛んになり

日本三大花火の一つとされ、賑わいました。

「七月おいで盆過ぎて 市川の花火の場所であい(愛・会い)やしょ」とうたわれ、

恋人たちの出会いの場としても親しまれてきたそうです。

市川で一緒に花火を見ると幸せになれると言い伝えられています。

いつしか神明の花火の歴史も途絶えてしましましたが、

時を超え平成元年8月7日、

神明の花火は山梨県下で最大の規模をほこり

現在によみがえりました。

2万発の大輪の花が夜空を彩り、

受け継がれてきた伝統が雄大に輝き続けています。

* * * * * * * * * *

神明の花火は、

ド派手なスターマインも良いのですが、

「メッセージ花火」が、見逃せない。

「メッセージ付き花火」とは…

日頃の感謝の気持ちや大切な人に伝えたい気持ち、

または東日本大震災への応援メッセージなど、

様々な想いを込めた花火を市川三郷の夜空に打ち上げるというもの。

メッセージは30文字以内。

3万円コース 5万円コース 10万円コース

打ち上げ内容は、花火師さんのおまかせになります。

金額は目安で、相談可能です。10万円以上の申し込みも可能です。

結婚や金婚式、卒業などのお祝い事に混じって、

ホロっと泣かせるようなものがあります。

30文字以内だから、余計に想像力をかき立てる。

今回も、そんなメッセージがありました。

そえは、

恐らく、若くして亡くなってしまった旦那さんへのメッセージ。

その花火が上がった瞬間、

客席の中から、

亡くなった男性の友人だろうか、

「×××見えているかーーー!ありがとう!!」

という声が響いた。

グッサと気持ちに刺さった。

痛いほど胸に伝わってきた。

この他に、

「プロポーズ花火」というのがあります。

現在まで、成功率100%。いろんな意味のプレッシャーありそうですね。

会場全体を祝福ムードにする、

ここは、司会の大西 かやさん腕の見せ所です笑)

* * * * * * * * *

競技花火は、

「空と海のはざまで」が1位だったが、

博士的には、

2位の、

㈱小口煙火(長野・諏訪)の「黄金と輝光で染める夜空」が良かった。

手嶌葵の

テルーの唄 Teru no Uta(作詞:宮崎吾朗 作曲:谷山浩子)

この曲調と情感に花火が、絶妙にマッチしていて、素敵でした。

余白を楽しめる花火でした。

神明の花火

神明の花火

<つづく>

協力:特大スターマイン提供 「幸せの丘ありあんす」

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