戦争と平和 8月は、ドキュメンタリーが熱い!

2017年、8月15日、72回目の終戦の日を迎えました。

毎年、この時期に放送される、

NHKのドキュメンタリーは、

見応えのある作品が並びます。

ETV特集 「原爆と沈黙~長崎浦上の受難~」

8月12日(土)[Eテレ]後 11:00〜11:59

長崎で被爆した浦上地区のクリスチャンと被差別部落の人々…生き残った被爆者が今、語り始めた。

NHKスペシャル「731部隊の真実~エリート医学者と人体実験~」

2017年8月13日(日) 午後9時00分(50分)

戦時中、旧満州で密かに細菌兵器を開発し実戦で使用した、731部隊。NHKが発掘した、旧ソ連・ハバロフスク裁判の音声記録では、部隊幹部らが、日本に反発した中国や旧ソ連の人々を「死刑囚」とし、実験材料としていた実態を克明に語っていた。こうした実験を主導していたのが、大学等から集められた研究者達だった。エリート医学者はどのようにして集められ、なぜ人間を実験材料にしたのか。音声記録と数百点の資料から迫る。

 

NHKスペシャル「証言ドキュメント 忘れられた戦場~樺太・40万人の悲劇~」

8月14日(月)[総合]後8:00〜8:43

終戦前後、約2週間続いた樺太戦の悲劇の真相に迫る!

北海道の北に広がる大地、サハリン。かつて「樺太」と呼ばれ、40万人の日本人が暮らしていた。この樺太で終戦後も7日間にわたって戦闘が続き、住民を巻き込んだ地上戦が行われていたことは、これまでほとんど知られて来なかった。犠牲者は5千人とも6千人とも言われ、その人数は今なお正確にわかっていない。 最前線に立たされた少年兵、地獄の逃避行で命を落とした幼い子供や母親、ロシア兵の上陸におびえる女性たちや家族の集団自決も起きた。重い沈黙を破って語り始めた高齢の元住民たちの証言と国内外の発掘資料から、知られざる樺太地上戦、7日間の悲劇の全貌に迫る。

NHKスペシャル「全記録 インパール作戦」

8月15日(火)[総合]後7:30〜8:43

「陸軍史上最悪」の「インパール作戦」…現地取材と新資料からその全貌が浮かび上がってきた。

相手の戦力や兵站を軽視した無謀な戦いで甚大な死傷者を出し、旧日本軍の体質を象徴的に示したとされる「インパール作戦」。「援蒋ルート」の遮断を主目的とし、ミャンマー(当時ビルマ)からイギリス軍の拠点があったインド北東部のインパールの攻略を目指した日本軍は、この作戦で歴史的敗北を喫した。餓死・戦病死した日本兵の死屍累々が並んだ道が「白骨街道」と呼ばれるほど凄惨な戦いの実態はどのようなものだったのか。これまでインドとミャンマーの国境地帯は戦後長く未踏の地だったが、今回、両政府との長年の交渉の末に現地取材が可能となった。さらに、新たに見つかった一次資料や作戦を指揮した将官の肉声テープなどから「陸軍史上最悪」とされる作戦の全貌が浮かび上がってきた。数々のスクープ映像と新資料、証言からなる「インパール作戦」の全記録は、決して忘却してはならない悲劇の記憶を、未来へと継承していく。

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冷静な分析よりも、大本営の人間関係が優先され強行された無謀な「インパール作戦」。会議で反対意見もあったも「卑怯者、大和魂はあるのか」と怒鳴りつけられ黙るしかなかったと。終戦後、英国に経緯を問われた大本営は、作戦立案をしていないと平然と答えた。上に立つ者の無責任体制は今も脈々と。

樺太地上戦

今まで、「沖縄は、先の大戦で”唯一”の地上戦が行われた」と云われてきたが、事実は違った。樺太でも地上戦が行われていたのだ。

「玉音放送」で戦争が終わったと多くの方は考えていると思いますが、決して日本全国でそうだったわけではありません。知られざる樺太地上戦。北海道の北に広がる樺太では、終戦後も7日間にわたって戦争が続き、終戦後にむしろ被害は拡大していきました。

軍部が竹槍、手榴弾、毒矢で玉砕しろと住民に強いた戦闘のモデルは、沖縄の人たちを軍に協力させ、本土決戦までの時間を稼ぎ、「作戦的勝利」と高評価された沖縄戦。沖縄戦をモデルに全国で作る予定だった国民義勇戦闘隊。それが唯一実行された戦場が樺太戦と…。

NHKスペシャル 「樺太地上戦」。樺太戦を体験した方々の証言を取材したのは、24歳のディレクター。

「戦争体験者の話を直接伺える機会はもう残り少ない」とこの半年、各地を飛び回って取材を続けた。今回初めて証言する方も多くいらっしゃいました。

最前線に立たされた少年兵、地獄の逃避行で命を落とした幼い子供や母親、女性たちや家族の集団自決。沈黙を破って語る高齢の元住民たちの証言と発掘資料から、悲劇の全貌に迫った。

この種のテーマは、

立場が異なると様々な見方があり、

賛否両論が巻き起こる。

だから、

より事実に迫り、

事実を積み上げていく必要がある。

戦後72年を経て新発見があるというのも驚きだが、

このドキュメンタリーを見ると、

むしろ、戦争について解明されていないことが分かる。

最近の森友学園や加計学園問題ですらスッキリ解明しないのだから、

70年前に、誰が?なぜ?何が起きた?分りようがないのかも知れない。

そんな中で、

丹念に資料を発掘する、

そして、証言者とすり合わせるーー

時間が限られているだけに、

とても大事なこと。

24歳のディレクターは、

どんな風に作業を進めたのだろうか。

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皆さんは、「樺太」を知っていますか?

雪と氷のイメージ持ってませんか?

私の友人のお父さんは、

樺太から引き揚げてきた経験がありました。

顔がロシア人に似ていたので、

ロシア兵から優しい扱いを受けたそうです。

肥沃な草原が広がっていて、

オレンジ色のタンポポが一面に咲くそうです。

また、豊富な漁場も有しています。

最近、

樺太に行かれた方が居ましたが、

昔とは丸っきり変わっていたそうです。

ロシアの人たちは、

やたらゴミを捨てたり、

資源の活用が分っていないと嘆いていました。

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